「あと何回桜が見られるだろう」SNSで目にした投稿に私の心はざわついた。もうすぐ還暦の私が80歳まで生きると仮定すると、あと20回しかピンクの花びらが舞う様子を目撃できないことになる。桜だけではない。車の買い替えはせいぜいあと1回か2回、海外には何回行ける?考え始めたらどんどん心が沈んでいくのがわかった。私の人生、これからは下り坂なのだ。何とかしなくちゃ。

 そんな時、仕事仲間からカーブス体験のお誘いを受けた。「いろんなジムに行ってみたけど、カーブスが一番長く続いてるの。服装?部屋着みたいな恰好で大丈夫だよ」
 2022年4月、職場近くのカーブス、よく車で通る場所なので建物は見たことがあるが、入るのは初めてだった。まず耳に飛び込んできたのはアメリカントップ40のようなポップソングと英語のインストラクション。20代の頃旅行したアメリカのFMラジオみたい。説明を聞いている間にも好きな曲がたくさん流れてきて、英語好き、洋楽好きの自分にはとても心地よく、その場で入会を決めたのだった。一日パソコンに向かうデスクワーク、通勤も買い物も移動はほとんど自分の車、運動が苦手で体育の成績は「2」だった私には、最初マシンを動かす力がなく、ボードで体を動かすのも、音楽のリズムに合わせたいのに体力が追い付かずやっとの状態。でもほんのちょっとの進歩でもほめてくれるコーチのおかげで、いつの間にか体を動かすのが楽しくなってきた。体育も運動会も仮病を使ってサボる位大嫌いだった身としては、格段の進歩といえる。A駅からT公園まで、往復約3キロの距離をイベント「食べマルシェ」で歩き回っても足が痛くならなかったり、高いところの棚にすーっと手が届くようになったり、雪かきをしても息切れしにくくなったり。「まちこさん、最初の頃はマシン2、3回動かすのがやっとだったのに(こんなに動かせるようになって)すごい!」とコーチに感心されることもあって、うれしくなった。
 
 月初めの計測はドキドキする瞬間だ。入会時よりお腹まわりは減って、体重は少し増えた。「増えた分は筋肉だから、心配しなくても大丈夫」とコーチ。計測の終わりには「最近変化を感じたことは?」と質問される。体も心も、カーブス入会時から徐々に変化してきたのを実感していた。「階段を上るのがラクになった」と答えると「筋トレとプロテインで筋力がアップしたから」、「気分が明るくなった」と答えると「運動によってドーパミンが分泌されるから」
 科学的な根拠がしっかりしているのもカーブスのいいところ。夜6時までに仕事を終わらせて週2回カーブスに通うのが楽しい習慣になっていった。

 2023年夏、カーブスに通い始めて1年が過ぎたころ、中学生の頃から好きだったバンド、Queenのドーム公演決定のニュースが飛び込んできた。最寄り駅からJRで日帰りできる距離ではあるが、ライヴは2月、吹雪で運休もあり得る。しかもドームは地下鉄駅から徒歩で片道20分近くかかり、凍結した道を歩くのも寒いし大変。行きたいけど無理、最初はそう考えていた。
 SNSをのぞくと他県のQueenファンが真冬の公演に行くためどんな靴がいいか、服装は?と書き込みしていた。雪道の歩き方や、外気温と建物内の温度差を指摘するポストも見かけた。そんな遠いところから飛行機で来る人がたくさんいることを知り、驚いたと同時に「AエリアからS市に行くのって、東京からの移動に比べたら楽なのでは、私でも行けるかも」と考えが変わってきた。「カーブスで鍛えているんだから、体力だって多少あるはず」と思い切ってチケットを1人分予約した。
 それからおよそ半年後、私はドームのアリーナ席にいた。「42年ぶりにS市に来れてうれしいです」とギタリストが挨拶する。歓声に交じってわたしも「Me too!」と声を張り上げる。2024年2月10日、Queenのコンサートは最高の体験だった。1曲目から立ちっぱなしで大好きな曲に手を振り一緒に歌う。初めて会った隣の席の人とアンコール曲の予想を立てる。私は1982年、1979年にもS市でQueenを観ていた。時の流れを越えて古い友人に再会できたようなうれしさ、そして70代に突入してもパワフルなメンバーの姿に胸が一杯になった。
 考えてみるとライヴの2時間半だけでなく、その前後の移動や順番待ちで、6時間くらい立ちっぱなしだった。念のため足に湿布を貼って寝たが、翌日は筋肉痛にもならず、雪まつり会場に足を伸ばすなど、元気に動くことができた。60歳を過ぎてロックバンドのライヴを楽しめるなんて...。カーブスで筋トレしてきて本当によかった。今まで「もう年だから」を言い訳にしてきた自分の人生がもったいなく感じられた。
 会場で買ったQueenのTシャツをカーブスに着ていくと、コーチやメンバーさんが「行ってきたの?どうだった?」と声をかけてくれる。楽しかったことをシェアできるのって素晴らしい。そして自分のことのように「よかったね」と喜んでくれるのが本当にうれしい。もしカーブスに通っていなかったら、Queenのライヴなんて体力的に無理、とチケット購入は見送っていたはずだ。楽しめる充分な体力と、行きたい、楽しみという前向きな気持ち、私はこの2つを約2年間カーブスで育ててきたんだと思う。

 今年もまた桜の季節が近づいてきた。「あと何回桜が見られるだろう」20回?もっと多いかもしれないし、少ないかもしれない。でも考え方を変えるとあと20回も見るチャンスがあるということだ。限られた時間の中でできること、楽しめることを見つけよう。
 最近地元の英会話サークルに顔を出すようになった。妹と関西旅行の計画も立てている。もちろん週2回のカーブスは欠かせない。ドアを開けて「こんにちは」と挨拶すると「まちこさん、こんにちは!」と元気な声が返ってくる。ここは私を変えてくれた大切な場所。