ある金曜日の三時半、万葉集の講座で前半が終わり、しばしの休憩時間。立ち上がってトイレに行く。一時間近く和服で椅子に腰かけていると、帯がお腹におされて上にあがってくる。それを直しにいくためである。今までお腹が大きいことを気にしなかったが、和服を着て腰かけていると苦しくなる。その原因がわかった。加齢と共に徐々にきたお腹のふくれである。
 それともう一つ、二十年来気にして、整形外科に通っていた膝の痛みである。どこの整形にかかってもよくならないので、病院通いはやめて、自力で何とかしようと考えて、一年近くになる。少し歩くと膝が痛くて、歩く速さがおそくなる。このまま歩けなくなったらどうしようと、マイナス思考になる。頭の方はあまり変わらないのに、体力だけは、八十代になってから急に衰えを感じだした。「膝の痛みは、腿の筋肉をきたえればいいのよ、運動しなさい!」と強くすすめる娘(長女)の言葉もうかぶ。そんなことでいつも頭がいっぱいだった。
 
 ある時、玉川学園の駅をおりて帰宅途中、声をかけてくれたのが、お隣のI子さん。いつもよくお世話になっているのだが、なかなかお互いの暮らしについて話す機会がない。彼女はとても健康で、私より一まわりぐらい若いのだが、カーブスで健康保持のために体力づくりに励んでいるときいて驚く。「今、カーブスの帰りなのよ」と。カーブスの内容をいろいろと教えてもらい、カーブスマガジンも持ってきてくれた。それを見て、カーブスの見学にいくことにした。
 小田急線の一つむこうの鶴川にある。そこは以前、和光大学の「ぱいでいあ」があり、講座が開かれていて、よく通ったなじみの場所である。そのビルの五階。中に入って思わず目をみはる。筋肉を鍛えるための機器がずらっと並んでいて、主婦らしい人が殆ど、老いも若きも、その機器によりそって、整然と体を動かし、きたえている。その真剣な表情に圧倒される。コーチの説明を聞いて、何かすぐにでもやってみたくなった。コーチにすすめられるままに、入会することに決めてしまう。
 帰宅して夜、娘とのスカイプ(一人住まいの私の安否確認のため、毎晩その日のでき事を、顔を見ながら話しあっている)の時、カーブスに行ったこと、入会してきたことを娘に話す。いろいろな規約があること、それをよく調べもせずに契約して、入会してきたことをひどく叱られた。言われた通りだ。何となく体を動かしたくなって、そのまま入会したことは、思慮がたりなかった。いつもの私のこの態度を深く反省させられる。でも、九十才をこの五月に迎えようとしている今、まだまだ一人で生きていかねばならず、娘も私の気持ちをわかってくれた。問題は、私の年齢と、近場ならいざ知らず電車に乗っていかねばならないことを心配したからだ。
 
 私は六十七才で夫に先立たれてから、娘二人はすでに結婚していたので、ずっと一人で暮らしてきた。右膝の痛みから、ゆっくりマイペースで歩いている。近頃は左膝にも痛みがでてきて、道路を歩いていても、後から来る人にすべて追い越される。家から駅まで、五、六分で歩けていたのに、今は、二十分近くかかっている。
 それは、七十代に入ってからすぐ、二階へ上る途中、足を踏み外して階段から落ち、腰を打ちひどい目にあった。その時もI子さんにとてもお世話になった。それからずっと整形外科に通い、いったんよくなったものの、杖をついて歩くのが習慣になっていた。「今から杖ばかりにたよっていないで、自分の足で歩いたら」と次女に言われて、思いきって杖なしで歩くことにつとめた。それができた時はとても嬉しかった。
 変形性膝関節症で骨粗しょう症と診断され整形外科ではいろいろな手当をうけた。その時、二年間、下腹部に毎日自分で注射を打ち続けた(フォルテオ皮下注キット、テリパラチド、骨粗しょう症治療薬、一日一回)。それでも痛みはおさまらなかった。いや、そのためにこのくらいの痛みですんでいるのかも。
 
 カーブスに行きだしてからは、自分の暮らし方が変わってきた。行く日には、一日の計画を立てて、二時間余りの時間をうまく組み込んでいる。入会してから、ちょうど半年になろうとしている。近頃は運動した帰りには足が軽くなっていることを感じる。
 コーチがとてもよく気配りをしてくれて、励ましの声をかけてくれる。また、ほめられると嬉しい。わからない事は質問もする。最近、ただ機器に身を任せているのではなく、体のどこをどうするためのものかが気になりだした。とてもきつい機器もある。可動域をどこまで動かしたらより有効なのか考えるようになった。下腹に力をいれてというのがおろそかになりがち、お腹をひっこめる習慣がつくようにと願ってはいるが...。和服を着る時は下腹をキュッとひっこめて帯を結ぶが、お腹は反発してくる...。せめて楽に和服が着れるようになるまでは、続けたいと思う。計測が、筋力アップしていることや体年齢が七十八才と知らされるととても嬉しい。でもお腹はなかなかひっこんでくれない。
 
 六十才で退職するまでの忙しさに、ストレス解消に着物をずい分求めた。そして今は、自由な時間をたっぷりもち、和服を着こなせるようになってきた。講座や句会の仲間たちに、目の保養になるからとか、場が和むからなどと言われ、おだてられていることを知りながら、自分でも和服で出席できることは嬉しい。時には、私自身、「語る」こともあるが、その時は必ず、和服でいく。――日本の着物の美しさを知ってもらうために――
 カーブスで筋肉をきたえることが、歩くはやさにも、そして帯が上にあがってこないことにもつながる...。決して夢ではないと思っている。