早いもので私がカーブスに通うようになって六年五ヵ月になりました。この世の中コロナの恐れがあり、加えて私の主人は頭に脳腫瘍の病気が出来、そのため車の運転免許の自主返納。車もなくなり我が家は夫と二人暮らしの老老介護になりました。
 心配していたコロナ禍も少し治まったのでほっとしました。そして今年のお正月には家族全員が集まって賑やかに楽しい食事会をと段取りを進めていたところ、元旦の午后四時十分にぐらぐらとした揺れが来て頭と目が回り、さあ大変。私は疲れている自分の頭の異変かと思いびっくりしました。ところがすぐ「ゴーオ」と押し上がる音とさらに大きな揺れに、これは地震だと気付き私は先ずストーブの火を消しました。座るにも座れず襖に掴って立っているのが精一杯でした。その時、茶の間のテレビが能登半島を中心に地震が起きたことを報じていました。私は、自分の頭の中は大丈夫だったと安心しました。
 ところがテレビの画面で、津波がくるからにげろ、にげろ、高台に逃げろと連発しています。これは大変な事になったと思いました。私の石川県では、能登半島の各地はもちろんのことですが、私の住んでいる内灘町でも液状化による地盤隆起や陥没、住居の崩壊など多くの被害が生じました。
 後日のある早朝、近くに住む娘から電話で「お母さんの友達が、テレビのインタビューで家が地盤隆起で傾いていると顔が写っているよ」と連絡が入り、私はびっくり、すぐ焚きあがったご飯でおにぎりを作り、水、たまご、お菓子を娘に託しました。そして次の日、娘の車で見舞に行き、親友の無事を再確認しました。
 
 私の家は基礎にヒビが入る、屋根瓦が二枚落ち、庭の石灯籠が傾いて塀にもたれかかる程度の被害で済みました。カーブスの仲間の中には、家が傾いて別の町内に住所を変え、仮住まいされている方も何人かいます。二ヵ月余の停電と断水に加え、傾いた自宅の家財などのかたづけに、心も体も大変です。
 私はカーブスで逢ったら、無理しないでネ、休み、休み、頑張ろうネ、とそして家の風呂に入りにきませんかと声をかけるようにしています。それから料理の差入れ、おすそ分けなどのささやかなボランティアなど。この様なことが出来る私は大根布カーブスで最高齢です。これもカーブスで鍛えたお陰であると自負しています。
 
 優しく、しっかりしたコーチの方や明るく若い仲間からエネルギーを頂き、家からカーブスを往復乗車させて貰い、楽しく運動が出来るなど感謝一杯です。
 高齢になると、足、膝、腰と痛い所もありますが、痛いからカーブスを休むのではなく体を動かして痛みをやわらげる様に、筋トレのワークの中で自分に言い聞かせています。私は、自分の健康は自分で守り、月十二回を最低目標に、筋トレを頑張っていきたいと思っております。