私が、カーブスに通う様になり、9ヶ月が経ちます。
 友人から「カーブスできるでー。ここにも・・・」なんて言われても、あまり話に乗っていけない自分がいました。その頃は色々な事があり、そのせいにする理由ではないですが、体重は増える一方でした。それと連なり心には重たい傷を抱えて生きていました。体重だけでも何とかしなければ・・・という焦りばかりで、もうここまできてしまったら誰かの手を借りないとダメだ~というどうしようもない所迄きていました。
 そんな時です。カーブスのスタッフさんに声を掛けていただいたのは。名もわからぬままのスタッフさんは熱心に私の話を自分の事の様に聞いてくださり、アドバイス的な話をしてくださいました。話を聞いているうちに、「なるほど。ソレ、ソレ。ホンマやー」と共感出来る話ばかり。今思えば、私はあと一歩という所で立ち止まったまんまで、誰かが背中を押してくれるのを待っていたのかも知れません。背中を"ポン!"っと押して欲しかったんですね。きっと・・・
 そして、まさか。まさか。私カーブスに通ってます。通って1ヶ月程で、背中のつっぱり、肩のこり、ギックリ腰、振り向いて後ろを見れば胸の下に痛みを感じ息も出来ない程の激痛が走ったりと痛い所だらけでしたが、全くなくなり、アレ?・・・と思いつつ、今では上半身のあの時の痛みが、本当に何もなかったかのような日々が続いています。

 こんな私ですが、9年前に、脳梗塞で倒れました。おかげ様で、手術する事なく退院をしましたが、目に見えない後遺症は今も残っています。でも主治の先生は「脳梗塞を患った人は大抵どこかが不自由になっている。その点アナタは、頭使える、口も回る(ちゃんとしゃべれる)」と言われます。
 でも、この病気には完治はありません。毎月1度の健診。年に2回の定期健診。ちょっとは身体も動かして・・・。一生上手く付き合って行くしか仕方ないのです。この病気になって以来ぜんそくにもなり、今でも物ひとつ持ってもゼイゼイ。人の歩幅に合わせて歩けば息苦しくなりゼイゼイ。走るなんてとんでもない話です。小走りも無理です。
 でも、カーブスのマシンを動かしても、その後の足踏みをしても、あれ~?コレ何なん・・・??ゼイゼイひとつなく、息苦しくも、しんどくもならないという不思議感と、私も出来る、の自信感が芽生えました。頑張れ。わ・た・し。身体も心も戻れ!戻れ!と願い、思いつつ通う日々です。

 でも。でも。あのね。ホントはね・・・
 一昨年、長男を亡くしました。まだまだ生きれる42才という、何の前ぶれもない突然の出来事でした。
 カーブスのスタッフさんが声を掛けてくださったのは、子供を亡くして間もない時で、身体はブクブク、心はズタズタでした。一人で家にいると、夕方暗くなるにつれ、子供の事を色々と想い出し、何とも言い様のない毎日が続いていました。自分でも身体と心を何とかしなければ・・・と焦り、葛藤する日々でした。そんな時でした。声を掛けていただき"ポン"っと背中を押してくださったのは。
 今では、身体は↓(体重は下がってますョ)、心は↑(上向き)。今の自分に言ってあげたいです。カーブス!もっと早くに気が付いてよ!!って。

 "カーブス"そののれんをくぐれば「〇〇〇さん、こんにちは」コーチのみなさんのいつも変わらぬはずむ声。そこは自分の世界です。自分が主役のショータイムのはじまりです。カーブスは私にとって身体だけではなく心の傷をも癒してくれる、そんな場所です。

 カーブスに対しては、賛否両論が世間的にあるのも知っていますが、私が思うには、毎月の計測やコーチとの面談の後に、自分で自分の身体を知る事も大切な事のひとつだと思います。私の場合、色々な事で、夜眠れないという事が続き、夜お腹が空く、夜食のおやつ等を食べる事が多かった事が毎日続いていました。(今では「夜のお友」とコーチ達と言っています。)その夜のお友を、今迄の半分、3分の1程に控え、食べる物は、全て夜10時迄に。それ以降は少しだけと心掛けると、アレよ、アレよ、見る見るうちに5キロ程体重が減ってるではないですか・・・。今日では、血圧計を手首に巻くより、体重計に乗るのが日課になっています。
 子供を亡くして、すっかり忘れていた趣味でもあるミシンをかけて作る小物作りも復活。カーブスに持って行くペットボトル入れ。おそろいの手さげカバン。くつ入れ等の冬物も作り上げ、今使ってます。先日、夏バージョンも仕上がり、今から持って行くのが楽しみです。
 
 あの時、声を掛けてくださった、名前もわからないスタッフさんに感謝!です。何事においても、自分事の様に一緒に喜び又、悩み考えてくださる。又、個人ひとりの事を、皆して共有してくださっている今通っている店舗の店長、コーチのみなさんに感謝!感謝!!です。そして、今も見守ってくれている友人、家族へありがとう。