私が女性専用の健康体操「カーブス」の存在を知ったのは6年程前。当時一緒に暮らしていた母に「Aさんが入会したんだけど、すぐにやめてしまったのよ。Bさんは続いているんだけどね。」と聞き、年配の女性たちの間で「カーブス」なるものがブームになっていることを知った。私はその当時50代前半。その4年前に脳出血を起こし、不意のめまいやふらつきに悩まされてはいたが、「健康に老いる」ということに対してまだそこまで真剣ではなかった。ただ、両親と一緒に夕食を取っていたため、一日働いて、さあ夕食だ、やれやれビールやワインを飲んでいると、横から母に「お酒は身体に毒よ。女性は男性より肝臓のアルコール分解機能が劣るのよ。」と気分を台無しにするようなことを言われて閉口し、両親と夕食の時間をずらすため、仕事の後「カーブス」に通うことに決めたのだ。
このような不純な動機(?)で入会した私ではあるが、筋肉の大切さは痛感している。というのも、現在85歳の父は40歳の頃に「熊本走ろう会」に入会し、今も現役のマラソンランナーだからだ。タイムこそ若い頃より落ちたが、80歳を超えても尚42.195キロを完走する精神力と体力には敬服する。今まで100を超える国内外のマラソン大会に参加して世界中を駆け巡り、自転車での日本一周を達成した父は私の自慢だ。ある日、その父が家の階段を駆け上った時、後ろから付いて上っていた私の目の前に筋肉が浮き出た父のふくらはぎが見え、これぞ私の目指す足だと思った。
その後私は福岡に戻り、薬院教室に通い始めたが、内心これで父のような身体になれる?それに「カーブス」は日中ほとんど身体を動かさない年配の人には必要かもしれないけれど、私は自転車に乗り、ランチタイムは串揚げ店でアルバイトをして、適度に体を動かしているから大丈夫、もっと年を取ったらまた通おうと500回通った記念のTシャツを頂いたのを目処に、2年程前に辞めてしまった。しかしその後まさかのコロナ禍で、アルバイトどころか外出そのものを自粛しなければいけない事態となった。最初は呑気に趣味の英語の勉強をしたり、ネットフリックスで映画やドラマ三昧の日々を送ったりしていたが、体重計に乗る度に体重は増え、骨格筋率はそれに反比例して減っていく。これではいけないとランニングマシーンを購入し、朝夕30分ずつ早歩きをすることにした。それで運動不足は多少改善したが、もともと井戸端会議が苦手な私もさすがにこの状態では人とのコミュニケーション不足と寂しく感じていたところ、昨年の11月にコーチから「おうちでカーブス」の案内の電話を頂いたのだ。
久しぶりに聞くコーチの明るい声はとても懐かしく、私はこのコロナ禍によって、人は誰とも関わらずに生きていくことはできないのだということを思い知らされた。自粛中、以前に頂いた薬院店のコーチ全員からの手作りの誕生日カードを何度も見直したり、当時の店長が辞められる時に一緒に撮った写真を眺めたりする自分がいたのだ。その電話をきっかけに始めた「おうちでカーブス」は、オンライン体操なので家から出掛ける必要がなく、コロナ禍が生んだ素晴らしいシステムだと思うが、私は今、コロナが収束したらやはりまた教室に通いたいと思っている。ボールとゴムバンドを使う「おうちでカーブス」は、自宅にこもりっきりの私にはちょうど良い運動不足解消のツールであり、運動が日課にもなる。画面越しにコーチとコミュニケーションが取れるのも有難いのだが、教室で12種類のマシーンを使って運動する方が、よりしっかりした筋トレになると思うからだ。またコーチだけでなく、教室の他のメンバーさんたちとも顔見知りになり、挨拶を交わす、そんな些細な触れ合いもとても大切な日常だ。これもまた、一度辞めたからこそ気付く「カーブス」の長所である。
考えてみれば、早産で産まれた私は未熟児で股関節脱臼であったため、生後半年程の間ギブスをはめていた。そのせいで歩けるようになるのが人より遅く、運動が苦手で、かけっこはいつもビリ。逆上がりもできず、跳び箱も飛べず、水泳は浮くのがやっと。学生時代の体育の成績はいつも2だった。そんな私がこの歳になってリビングにランニングマシーンを置き、毎日「カーブス」の30分体操に励むなど誰が予想しただろうか。小学校に上がるまでは病気がちだった私が、徐々に健康になれたのは、母が日々の食事に気を使い、私の健やかな成長を願い続けてくれたおかげだろう。24歳で結婚し、2歳違いの3人の子供に恵まれたことも、忙しいながらも幸福なことであった。そして、その3人の子供たちを無事育てることができたのは、今は亡き義母が隣に住んで、私の子育てを助けてくれたからである。私は常に家族や周りの人々に支えられて生きて来たのだ。そう思う時、今一番気にかかるのは実家の母で、82歳の母は父に比べて弱々しい。日々の買い物さえ億劫そうな母に、ぜひともカーブスを勧めたいと思う。教室に通うのが面倒でも「おうちでカーブス」なら続くのではないか。動きが遅くても「おうちでカーブス」なら次の人を待たせる心配もない。コロナ禍が一段落したら、母に会いに行こう。感染させることを恐れて、もう1年以上も会っていないのだ。
世の中に絶対ということはないが、「カーブス」を続けていれば、健康に老いていける確率はグンと上がる。それは「カーブス」の創始者が、自分の母親の死をきっかけに中高年の女性の健康を願ってスタートさせたこのフィットネスクラブの創業ストーリーにも裏打ちされている。この数年間、私にはまだ早いと思っていた「カーブス」だが、そうこうしているうちに私も今年で還暦だ。家にいて鏡を見る時間が増えたせいか、シミやたるみ、ほうれい線など以前は気付かなかった自分の老いに度々落胆する。せめてものアンチエイジングを試みたいとネットを見ては化粧品を取り寄せ、動画を見ながら美顔マッサージをしている昨今、私にとって「カーブス」は、いつまでも若々しく元気でいるためのバイブルなのだ。そして健康に老いていく中で、これから生まれて来る孫の世話や両親の介護など、今まで世話になった家族に貢献していきたい。これまでも3人の子供を産み育て、数年に渡り義母の介護をしたとは言え、基本的には自分のしたいことや楽しみを優先する人生だった。だから、これからは今まで私を支えてくれた家族の役に立ちたい。
冒頭の入会の動機からもわかるように、「カーブス」と出会うまで極めて自己中心的だった私がこういう気持ちになれたのは、人としての優しさ、他者に寄り添う大切さを「カーブス」に教えられたからだ。今後は私の寿命が尽きるその日まで、たんぱく質の多いバランスの良い食事を心掛け、プロテインを飲み、身体を動かし、頭を働かせ、元気一杯カーブスを続けていきたい。発症時に後遺症を恐れて手術で腫瘍を取り除かなかったので、私には脳出血が再発するリスクがある。また、血圧が高いという不安もあるが、妹はメルボルン、娘はニューヨーク、コロナ禍が終わればいつでも海外に会いに行けるフットワークの軽さが私には求められている。大病をしたことといい、夫と別居していることといい、全てがいいこと尽くしの人生ではないが、カーブスを信じて、明日を信じて、明るく楽しく生きていこう。