私にはコンプレックスがあります。胸が小さいということ。ペッタンコです。「ペチャパイ」という言葉が昭和の時代にありましたっけ。
そんな自分の気持ちを話すと、カーブスのメンバーさん、人生の先輩たちからは「大きかったら肩こってしょうないわ。」「年とってもたれなくていいよ。」と笑い合いました。
乳がんで乳房を切除した人は、胸が夏でも寒いといいます。健康な体をもっていて、たかが胸が小さいことで、もうちょっと大きな胸になりたいなあと思っている私は器の小さな人間なのかも。
今の時代、お金さえだせば見かけの上での美しさはほとんど手に入ります。顔だって、目を大きくしたり、小顔にしたり、鼻を高くしたり、しわやしみをなくしたり。お腹だって脂肪吸引という方法でへこませることができます。もちろん胸もヒアルロン酸をいれるとか、巨乳手術とかもありますよね。
いえいえ私は巨乳になりたいわけではありません。女性としてのきれいな体のラインになりたいと思うのです。あ、余談でした。
たとえば、足にしてもただ細いだけの足には魅力は感じません。適度な筋肉のついた、ひきしまった健康的な足だからこそ美しいと思うのです。
自分で自分の体を動かして、少しずつかわっていく自分の体は、「わあ!自分自身に答えてくれている」と、いとおしく感じます。それはただのみかけの上のことでなく、たとえちっちゃな胸でも(笑い)内面からの美しさと思います。
カーブスのメンバーさんたちも、「あっ、あの方もこの方もかわられたなあ、スッキリされたなあ」と感じる方がたくさんいらっしゃいます。その時に私は幸せを感じます。
みんないい方向にむかっている。カーブスには笑顔があふれている。
私の「胸がちっちゃくってえー」との言葉に、「そんなこと」と笑って受けとめて下さる明るいメンバーさん達がいる。スタッフの方のはげましの声かけがある。だから私はカーブスをつづけられる。
みんなちがうんだよ。みんなちがってみんないい。詩人の金子みすゞさんの詩がうかびました。
自分の弱いところさえ表にだせることができるカーブスに感謝感謝です。
この春、私は一人暮しの年上の、他でのサークル仲間の方にカーブスの体験をしてもらいました。とても勉強になったと喜んでくれました。
知り合いでも、親しくしていても、その人の体力がおちたとき、私達周りの者ができることは数少ないかもしれません。だから、自分の体は自分で守ろう、本当の意味での美しさを感じてもらおうと思いました。
始めることと、やめることは真逆のことだけど、どちらもその権利は自分自身にあります。私は続けることの権利も自分自身にあると思います。なので私はまだまだカーブスを続けたいです。私の大好きなメンバーさん達も一緒に続けて下さいね。
世の中は「平成」から「令和」にかわります。スタッフさん、メンバーさん、カーブスさん、これからもかわりなくよろしくお願いします。
最後に金子みすゞさんの詩を招介させて下さいね。
わたしと小鳥と鈴と
金子みすゞ
わたしが両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥はわたしのように
地面(じべた)をはやくは走れない
わたしがからだをゆすっても
きれいな音は出ないけど
あの鳴る鈴はわたしのように
たくさんなうたは知らないよ
鈴と
小鳥と
それからわたし
みんなちがって
みんないい