一月の最後の日曜日、垣根ひとつで隣り合っている甥の家の庭で転んだ。
甥夫婦に渡したいものがあって待っていた休日であったが、あいにく二人とも留守。出直しを考えながらわが家のほうに向きを変えたとき、目に入ったのが、高さ五十センチほどの木の切り株であった。
「あら、柿の木?」ここにあった柿の木がいつの間に切り倒されたのか知らなかった。切り株は樹皮も剥がれていて、ここにあったのが柿の木と覚えていなければ、何の木かわからないほど朽ちていた。
「虫にやられたのかしら、こんなにぼろぼろで」。わたしは柿の実がつややかに実っていたのはいつごろのことであったかと思いながら、少しの間そこに佇んでいた。しかし、そのあとの顛末は、自分がしたことながら不可解で、おかしかった。
わたしはその朽ちた切り株を、おもいきり足で押した。予測では、切り株にかけた右足に力を溜めてグイッと膝を伸ばせば、切り株は腐った根とともにグラリと揺れて、わたしの左足の下の地面になんらかの影響があるはず。しかし切り株には根っこなどなく、ただ置かれていただけの短い丸太であった。
蹴った後、一瞬なにが起こったのかわからなかった。わたしのほうも切り株と同じように、地面に転がっていた。いったいどうなってんの?のろのろと両手をついて起き上がり、肩、肘、腰と、順に自分の体を押したり掴んだりして点検した。しかし、不思議なことに体はどこも痛まない。歩いてもみたが異常なし。土をつけてコロリと横になっている切り株を見て、ようやく、甥とはいえ、よそ様の庭で無礼を働いたことを自覚したのだ。
このことを誰かに話すのは恥ずかしく、大いにためらいのあるところだが、やはり言わずにいられなかったのは、あれほど大仰に転んだのに怪我をしなかったこと。ああよかった、どこもなんともない、とわかると笑いがこみ上げてきた。それからそっとまわりを見回した。この醜態を誰かに見られなかったかしら、と誰もいないはずなのに甥の家とわが家の窓を思わず見た。霜溶けの濡れた土が、履物の脱げた足にも手にも、背にも尻にもべったりとついている。あらあら、と思ったが無傷であったという安堵のほうが勝っていた。
だれにも言うまい、と思っていたのに娘が帰ってくるのを待ちかねて話してしまった。娘は「熱心にカーブス通いしている甲斐があったじゃない」と笑った。
「そオなのよ。毎日体を動かしているのがよかったね。こうなると休むのが怖くなるわ」と心から感じて頷いた。
わたしは、畳の上で転んで頚椎を痛め、ひと月以上も入院した伯母のことを考えていた。
カーブスはどの時間帯に行ってもOKというところが嬉しい。サーキットを二周りすれば三十分。十二種類の機器による運動量と質は、九十分のジョギングとほぼ同じ効果があるとか。わたしは筋肉を動かしているこの時間を「動」でありながら、無我の境地でいる「禅」に似ているのではないかと思っている。カーブスに通っているからといって、ゆめゆめ、スポーツをしているとは思っていない。筋肉と対話しているつもりだ、と言ったら娘に冷やかされたが、ほかに言いようがない。
ああ、いまこの筋肉が伸びている、縮んでいる。そうか水分を送るともっと効果があるのか。酸素も必要なのか。体内の緻密なメカニズムが、外からの力で変っていくのが目に見えるようで面白い。
「紅茶に生姜ハチミツをいれて飲むと体温が上がるそうですよ」と、インストラクターが教えてくれた。
そうか、それもおいしそうだ、と早速毎朝のコーヒーを生姜入りのハチミツ紅茶に変えた。体温のことなど気にかけたこともなかったが、インフルエンザが流行りだしてから、小学生の孫が毎朝検温するのに倣って、わたしも計るようにした。なんといつのまにか、平熱が三十六度四分に安定している、三十五度五分くらいの体温が長年の数字であったことを今は忘れそうだ。
体温が一度上がるとそれだけガンの罹患率が下がるとか。以前は三十六度台になるとすぐ、風邪にでもかかったかな、とびくびくしていたのがうそのようだ。
リズムにのって、宙に伸ばした両手を泳がせるワカメ体操も、はじめの頃は気恥ずかしくてなかなかできなかった。しかし、両手を心臓より高い位置に動かすことで、より汗が出やすくなる、と聞いてから、おおいに腰をふっている。なるほど、勧められる動きにはひとつとして理由のないものはないようだ。
老齢になっても、転びそうになったとき体を立て直せる筋肉や、突発的な災難をかわす瞬発力、またガンにとりつかれにくい体など、努力で造れるものなら、これに挑戦してみるのをこれからの趣味にしよう。