カーブスに入会して10年余、令和3年に入って大変うれしかったことが、たて続けに2回起こりました。それは自分では予期していなかったことだけに喜びもひとしおです。
まず一つ目は、2月の初めカーブス恒例の計測をすませた私に、「いい結果が出ましたよ。」と店長から声がかかりました。
びっくりして店長の方を見ますと、店長はタブレットをかざし、「体脂肪率2.5%の減、骨格筋率1.8%の増」と言われ、続けて「すごいですよ、努力されましたね。それを教えて下さい。」と言われたのです。はて?さて?とっさのことに少しとまどった私は「カーブスに来る回数が目標数より4、5日増えました。それから甘い物を少しひかえました。」と答えました。数日後、壁にランキング表が掲げられました。日野駅前通り店は現在300名程の会員が通っているのですが、その中で私は体脂肪率が2位、骨格筋率は3位にランキングされていたのです。このランキング表は今年の1月の計測の時から始まりました。この表には名前はイニシアルで表示されているので私はうれしくて、カーブスの友達に、「これ私なの」と宣伝する始末。10年以上も通っていて、こんなにうれしいことがあろうとは、想像だにしませんでした。正に続けることによって、何歳になっても体は鍛えることができることを実感したできごとでした。
友達は、自慢げに言っている私にいやな顔もせずに拍手をして喜んでくれました。それどころか「腹がへこんだ。」とか「姿勢がよくなった。」等と言ってくれたのです。
私がカーブスの会員となったのは、平成21年の12月でした。その頃の私は3年余り患っていた病を克服し、やっと普通の生活をとり戻した頃でした。しかし完治はしたものの長い間の病気は、私の体形をずいぶんむしばんでおりました。そもそもこの病気というのは、突発性正常圧水頭症という病名でした。聞き慣れぬ病名であり、原因も分からずただ一つ、老齢になって発症するのだそうです。この病気には三つの特徴があります。一つは歩行困難、二つに痴呆、三に尿失禁、考えてみると私は数年前から歩行をする時、足がうまく上がらず、すり足でまるでロボットのようだと、人からよく言われていました。外出には杖が必需品でした。さらに歩行をはばむものは、時と場所をかまわず襲ってくる頭のふらつきです。発作が起こると私は倒れないように何かにつかまったり、しゃがんで発作の治まるのを待っていました。やがて尿失禁が始まりました。これまでもトイレに行く回数は多い方でしたが、この尿失禁は自分が意識をしない中で尿がもれるのです。当然紙おむつになりました。特に困るのが夜間です。ベッドにビニールの防水シートを敷き休むのですが、何回も失敗をしました。当時私は60歳で教職を退職したあと月18日間の嘱託員として勤務をしていました。病魔は5年間の勤務の終了する4か月前に起こったのです。何度もころぶ私に、同僚は医者に行けと強く注意してくれ、私は高血圧の治療に行く病院の診察を受けました。CT検査をして画像を見た医師は、水頭症だと思うが脳外科の専門に見てもらうよう言われ、脳神経外科に行きました。ここではMRIを撮り、先の病院と同じ病名を告げられました。しかしショッキングだったのは、この病院では治療法がないということでした。そしてなるべく運動をするように、よく歩くように言われ経過観察をしておりました。実は私はこのことが起こる3年程前、椅子から落ち尻を強打し、十二番胸椎を圧迫骨折をしていました。これは数年の間に完治しましたが、驚いたことに背が8センチも低くなり、いつの間にか背中が丸くなっていました。こんなことが水頭症の遠因になっていたのかもしれないと、私は勝手に今でも思っています。こんな状態でしたが、平成16年3月31日をもって私は5年間の嘱託員を無事に終了することができました。
当時一緒に住んでいた母がデイサービスに行くようになり、時々おいで下さるケアマネージャーのYさんが私の様子を見て、ある時「水頭症について書いてありますから」と言って新聞を下さいました。水頭症について図解入りで説明されており、シャント手術が有効であり、この手術ができる病院のリストがありました。この中からYさんがすすめて下さったのは、多摩南部地域病院でした。
Yさんは私を車に乗せてこの病院に連れてきて下さり、私はご好意に甘えておりました。シャント手術は、頭に穴をあけ、そこからシャントを腹腔に入れ髄液を流すのです。
水頭症はこの髄液の流れが悪く、脳にある脳室にたまり、それが肥大して神経を圧迫するのです。頭に穴を開ける、聞いただけでも怖かったのですが、Yさんをはじめ、病院の方々にも大変お世話になっており、私は皆様方のご好意に応えるためにも手術をしていただきました。おかげさまで手術は成功し、これからの人生はおまけの人生だ。この人生を人のために使っていこう。と強く思いました。そして勧められるままに、東京都退職公務員連盟に入会し、現在に至っております。
この会は退職公務員が、退職後も生き生きと生活をしていけるように、互いに手を組み生活の向上をはかり、さらに社会に貢献していくために活動する社団法人です。これらはボランティア活動になりますが、全国の仲間とも触れあえる貴重な活動だと思っております。
いつのまに私も82歳になりました。年齢を重ねる度に、大切になってくるのが健康です。カーブスはこの夢をかなえてくれた素晴らしい場所です。
二つ目の喜びは、令和3年3月17日、カーブスのワークアウトを終え、カードを捜していると、コーチから「今日からカードが変わりますよ。」と言って差し出されたのは、プラチナカードでした。これは1500回カーブスのワークアウトをした証明です。
「おめでとうございます。10年間よくがんばりましたね。」とコーチは言いながら真新しいカードと記念品のパープル色のTシャツを下さいました。さらに表彰状があり、読みあげて下さいました。何とほこらしい一瞬だったでしょうか。思い出すと今でも気持ちがほっこりします。
今世界中でコロナ禍におののいております。この新型ウイルスは、私達国民が考えも及ばない暗い影を投げかけています。言い知れぬ閉塞感の中で、家にひきこもらざるを得ない一人居の私にはつらい日々でした。そうした中で、カーブスに通う事ができたことは、大きな喜びでした。とりわけコーチの存在は何ものにも変えることができないものでした。若い彼女達の笑顔に迎えられて行うワークアウト、体が温まり帰る時にうっかり上着を忘れそうになることも一度や二度ではありません。ワークアウトの回数が1500回を達成した私、さらに上を目指して精進していきたいと思います。百年寿命と言います。私にはそんなに長い年月ではありませんが、それまで友達の輪を広げ、ボランティア活動にも精出し日々を有意義に生活をしていきたいと思います。どうか益々のご指導ご助言をよろしくお願い致します。
入賞
「カーブスを続けていてよかったこと二題」
カーブスって
どんな運動?
2021年の他の作品を読む