私がカーブスで筋トレを始めてから10年が経ちました。
その間私からお誘いしてカーブスに入会した知人はいませんが変わっていく私の姿を見て
「何かしてるの?教えて!」と入会した方はたくさんいます。
その中の1人が私の母です。
母は私が子供の頃から59才で早期退職するまでずっと働いてきました。
自分の事は二の次。仕事家事育児で毎日毎日休む事なく働いてきました。
何度か手術入院をし、体を酷使したせいでとうとう50代で「狭窄症」という腰の病に悩まされるようになってしまいました。
買い物カートにもたれかかり腰を曲げまるで人間の進化の過程の様な姿で歩いている母を見て私は笑っていましたが、今思えばそうしないと歩くことができなかったのです。
それでも朝・昼痛み止めの坐薬と湿布、夕方には病院でブロック注射をしながら働き続けました。
そしてとうとう60才を目前に早期退職をしてしまいました。
腰の痛み・足のしびれ・下半身のマヒ...ついには尿意までわからなくなってしまうほど神経が圧迫されもう体はボロボロでした。
このまま手術もしなかったら100%車いすか寝たきりの生活になってしまう...大好きな孫を抱くこともできない...
やっと手術をする決心をし、60才を目前に早期退職をしました。
この時私は母に手紙を書きました。
私が生まれてから働き続け今やっと自分の事を見つめ直す時間ができたのだから自分のことを大切にしてほしい...と。そしてこれから一緒にやりたいことがたくさんある...と。
・ディズニーランドへ行く       
・カーブスで健康になる!
・中華街で食べ歩く
・ライオンキングを見に行くなど...

しかしどれも健康な体でないと果たせないものばかりでした。
私は「カーブスで健康になる!」という項目を1番に付け加えました。
腰を悪くする前から糖尿病もあった母に私は何度かカーブスの話をしましたが当時は時間がない、遠くて通えないなどできない言い訳ばかり並べていました。
早期退職、手術・入院・退院...今まで忙しく働いていた生活から一転、日々の生活にポッカリ穴が開いてしまった母が「カーブスに行ってみたい」と言いました。
その日から30分かけてほぼ毎日通いました。
始めは不安もありましたが、体を動かす事、友達ができる事 どんどん楽しくなりました。
次に糖尿病の数値がよくなり体脂肪が減りました。ますます楽しくなっていきました。
あれだけできない言い訳を並べていた母がカーブス優先で1日のスケジュールをたて食事に注意して心も体もまるで別人、みるみる変わっていくのが手に取るようにわかりました。
「健康」の価値。
みんな何のためらいもなく病気になってからせっせと病院に通い長い待ち時間、医療費に...、何万円もあたり前のように払っています。
なぜ?
病気になる前に筋トレや食事改善をした方が何百倍も労力とお金がかからない事を私は知っています。
時間がない、お金がないはただの言い訳にすぎません。なぜなら病気になってからなら長い待ち時間も高い医療費もおしみなく払うのですから。しかし、「健康」で長く生きないと楽しくありません。
「健康」はお金では買えないのです...
あの時私が書いた手紙の中に「カーブス」という文字が母の心の中に記憶され、行く!と決めてから母の未来が変わりました。
階段を登る、布団で寝る、床に座る、立つ、あたり前の生活や大好きな孫と走ったり抱っこしたりすることももしかしたら叶わなかったかもしれません。
 先日母が「お母さん手術してカーブス行ってなかったら今頃車いす生活だったかもしれない...」とつぶやきました。
 その言葉に人生の明(めい)と暗(あん)を見ました。今とは真逆の生活...今母は明を生きています。毎日カーブスに行き健康になることを実感した母は大好きな子供と関わる仕事も始めました。腰をわずらい退職したはずの母が、また仕事をしたいという意欲がわき出て、子供達と対等に遊び走り笑っているのです。
何より自分の足で立って歩ける幸せ...
その母を見てまた周りの知人が「何かしてるの?教えて!」とカーブスに入会し仲間がたくさんできました。
 今日も朝10時、オープン前の列の中に母がいます。
 みんなはつらつとし笑顔にあふれキラキラしています。人生を楽しんでいます。
 私は思います。
 今やっていることは今じゃない。
 10年20年先の人生が輝くものになることを私は知っています。