私がカーブスの虜になったのは、丁度三年前でした。今迄はヨガをしていましたけど、自転車で転び、手首を捻挫し、運動が出来ませんでした。一年位経って何とか運動しなくては...と思っていた時、カーブスのメンバーさんである友人から"カーブスに行ってみない!?とってもいいいわよ"と誘われ以前からカーブスは知っていたけれど、私には一寸高嶺の花で躊躇していました。しかし、思い切ってカーブスに連れて行って頂くと、店長らしき方がすぐ出て来られ、ハキハキしたお声で"いらっしゃ~い!!よく来てくれましたね!"と出迎えて下さいました。
一から私につきっきりで、マシーンの扱い方、呼吸法、手足の動かし等々懇切丁寧にご指導下さった。とっても気持ち良かったです。終ると手足もポカポカと温かくなりました。すぐ入会手続きをして本格的に入会させて頂いた。カーブスは何時行ってもいいので、とても都合がいいのです。夕方六時前後に行く様になりました。一日色々と仕事をして夕方に行くと一日が有意義に過ごせ、とても気持ち良く、充実感が生まれる様になりました。
私は四十代初め頃、手足がしびれ、寒くなるとまっ白になって冬などは分厚い手袋や、ホッカイロが手離せなかった日々、広島や岡山の病院をあちこち受診し、診察して頂いたが、原因が分からず病名も判明しなかったのです。あるきっかけで私と同じ病気の方(八十代の女性)との出会いが今の主治医の先生との三十年余りのおつき合いとなったのです。その先生にお会いしてからすぐ精密検査をして下さり膠原病の強皮症とレイノー症という病名が判明しました。
この膠原病は今だ病原が分からず難病に指定されています。強皮症は悪くなると皮膚が鉄板の様に黒く硬くなり皮膚呼吸が出来ず、その上、五臓も悪くなり五十代で生命を落す人も多いと聞き、四十代だった私には衝撃で恐ろしかった。が、今の所悪くならず、無事に生きています。当時すぐに難病指定の手続きをとって下さり、三十年前は数年無料の診察で有難かった。しかし、私の様な患者が多くなり、国の医療費も大巾赤字となり、徐々に無料とはいかず、何割か負担となる。そんな中、勧められたのがヨガで、仕事にかかわりながら週一~二回公民館で始めました。このヨガは六十年代半ば迄二〇余年続けました。が、手足の状態は余り変わらず、冬になると手足の冷えでしんどい思いをしています。が、カーブスに行く様になってから、マシーンやストレッチをしっかりやると手足が温かくなって、気持ち良く、身も心も充実感がいっぱいになります。
昨年の秋、私はいつもの様に主治医の定期検診に行くと"花岡さんは本当に運が良かったですね!悪くなるかもしれないと思っていた五臓も今では健全となり、手先の血管のめぐりが少し悪いだけなので、難病指定はする必要がなくなりました。"と宣告された。私はすごくびっくり!!三〇年来の難病指定がはずされ、私が払う医療費もすごく高くなるのではないかと一寸心配でしたが、薬代も思った程、高くなく、安堵しました。一人でも難病指定患者が少なくなれば、微々ですが国の医療費に貢献出来るのではないかと内心一寸誉らしく思えました。
昨冬、今冬も零下になる日があり、とっても寒かったです。カーブスに行くのもおっくうになる事も度度でしたが、カーブスに行くと、T店長はじめTコーチCコーチの明るく元気な声で「久美子さんいらっしゃ~い!!」こんな寒い時によく頑張って来ましたね!!」と声をかけて下さると外での寒さも吹っ飛んだでしまう。すぐに店長がストーブを持って来て下さり、「ここで手を温めてね!!」と。Tコーチは手がとっても温かく"人間ホッカイロ"と呼んでいますがその手で握って下さると私の手先は冷えで紫色に変色していたが、すぐに血の色が戻りピンク色に...。コーチの皆さんのやさしくホッとな対応に又、身も心も癒され、とっても嬉しくなりました。そして昨年の暮れ店長やコーチの方に「私ね、難病指定がはずされましたよ」って報告がてらお話したら、T店長が突然ハグされて「久美子さん、良かったわねえ!!健康になった証拠じゃない!!すごく嬉しい!!」と我が事の様に涙を流して喜んで下さった。二人のコーチも"本当に良かったわねぇ!!」とコーチの方達から、こんなに喜んで貰えるなんて!!本当に夢の様でした。と共に心から感謝の念が湧き、益々元気をもらえました。
あの時の感動を思い出しただけでも涙が出そうになります。一時間程のカーブスですが嫌な事があってもカーブスに行くと会員さんと楽しく笑ったり、カーブスのチャーミングな明るいコーチと一緒に筋トレが出来、幸せな日々です。コーチの方達まだお若いですがご自身の健康にも気をつけられ、私達のご指導よろしくお願いいたします。カーブスの会員全員が願っております...。毎日元気を頂き、本当にありがとうございます。
佳作
「甦った我が半生」
カーブスって
どんな運動?