懐かしく思い出つづる今回の投稿文作り、呆け予防の回想方を使って、まるで頭の中は走馬燈の様に次々と思いが浮かんで来る。こんな人生を語るチャンスはそうないと思うと胸が高なり、つたない文章であっても楽しくペンが進みます。昔は人生わずか五十年と言った時代もあったが、今は多くのカーブスのお仲間達と、おまけの人生として楽しく生きられる様にと常に願い"どうせなら楽しく生かしてもらおう"と声を掛け合う仲間達。苦味つぶした顔で、暇な時間があるがゆえに痛い所探しや、不平不満を並べたて、意味ない寂しさと不安にと繋げてしまっている、生き方の人の話しも耳にします。自分で変えられなければ、カーブスのお仲間の手を借り勇気を貰って、道を切り開いて行く。決して誰もが日々思う"平穏無事"に毎日が暮らせるとは限らないけど、健康でさえいれば、一番難しいと言われる"普通"の一日が過ごせるはず、心が病んでいれば自然と体も病に侵され、何もしないでいると、筋肉が日々衰えていくのが感じ取れる年令です。私は四人姉妹の三番目、幼い頃から屁理屈ばかり、約束破りで嘘つき、言い訳ばかりで何もが中途半端、勉強なんて出来ず、呆れるほど親から叱られての遊びから得た運動能力は、のち誉め言葉となり調子づいた私は中学校で、砲丸投日本一位を獲得したり、三高校からのスカウトがあり体育教師を目指すが挫折、期待を裏切る一歩となる親不孝者の私でした。親元から一時も離れた事のない十代の私の結婚、郵便局員が商売屋に婿入りし、我家の水に馴染めない夫を、コントロールひとつ出来ず、周りの空気がまったく読めずの自己中心的、人に言われれば腹を立たせ、ならば自分で気付くかと思えば、まったく何ひとつ見えていない目開きめくらの私は、家族を悩ませ、その空気がしわ寄せとなり夫へと、そして逆流して親へと戻る。会わせたくない顔を毎日見合わせるストレス。言葉は暴言、愚痴は時には言葉の暴力となる。言葉の力は恐ろしいもの、どんなナイフより鋭く人をキズつける。ある日「笑顔は人を幸せにするよ、苦あれば楽あり、苦ばかりの人生はないよ、必ずや楽しいと思える時が来る、楽しい事、辛い事を分け合い支えあって人と言うものが作られていくんだよ、人との関わりを大事にし、ゆっくり人の話しに耳を傾け素直な心を持ちなさい、行き先の見えない道だって、必ず一筋の道となり、幸せにと導いてくれるものだよ、チャンスは一回、頭の後ろに一本だけある幸運を持った坊主が、目の前をスーッと通る一瞬にして、その一本の毛を掴む、これぞ人生の分かれ道なのだが、おまえに出来るかな?」いつまでも自分に都合のいい様には生きて行けないと、ねじ曲った心を長い目で見て来ての親からの尊い教えを聞き流して来ていた。自分が親となり、二十三才で三人の子に恵まれ、若い時鍛えた自信ある体は、知らずのうち衰え始めていたにも拘わらず調子に乗っての運動で、アキレス腱二本断絶、その後山岳会に入会し谷川岳にて自信過剰は弱点である事を、身を持って知る切っ掛けになりました。福祉施設での夜勤時は足腰痛で鎮痛剤を三~四回も服用し勤務をこなし、注射・お灸・ハリ・マッサージ・一時しのぎと分かっていてもすがっていたのを思い出します。現在娘三人、さらに孫夫婦と福祉関係に携わり、私は何ひとつ見本にならず世代交代、今では三十才の孫やヒ孫に囲まれ、頼られつつ時にはおじゃま虫となって過ごしています。ある葬儀の際正座の出来ない私が言い訳をすると「皆お互いこの年になると同じよ、楽にして、お大事にして下さい」と労わりの言葉を耳にした娘が後、ネットでカーブスを探し勧めてくれたのです。娘は付き添い店長さんに深々頭を下げ「こんな母ですけど、末長くお世話して下さい」と一年が過ぎ、私は今度、娘の通う山梨一宮カーブスにトラベルパスを使って行き一緒に筋トレが出来ました。その後猫背でO脚、運動不足の義姉を、元八王子カーブスに紹介し先輩ぶり、何かにつけさぼる姉に付き添い一緒に筋トレに頑張った事もありました。毎日の筋トレ前の待ち時間に、趣味を通しての手遊びを有意義にグループ活用している人達や、明るい笑いで和みの雰囲気を作り出してる人もいる。一方では壊れかけた体、あちこち修理が必要と眉間にしわを寄せている人など、一時を求め励まし合っているグループ。複雑な事情をかかえ込み抜け出られず、誰かに"ちょこっと"話しをすれば胸のつかえ、頭がスッキリすると話して来る人もいたりする。小さな心の病は時にして自らの行動を止め、知らずのうち寂しい心が見え隠れ、話をしてみれば似た者同志の集まり、閉ざされつつある心の窓を仲間との楽しいおしゃべりで開く事で、明るい笑顔を生み口が心のケアとなり、ちょっとした事の出会いと勇気の挨拶を交わすひと言葉で、心が元気になり明日への出会いにと繋がって行く。何かにつけ寂しくなる年令、自分から一歩前へ踏み出さないと誰も幸せを運んで来てはくれないのですね。私の様な心配性で、良からぬ方向にとクヨクヨ悩み人に八つ当たりの性格を、自ら変え切れずにいた私はカーブスとの出会いで前向きに変わって来たのを感じます。これぞカーブスの"わかち合う仲間の輪"で広く大きくプラス志向に心と体が動き、気持を楽に穏やかにさせてくれるお仲間の見えない不思議な力に感謝です。私は毎日自分なりの"今日を楽しく"のゴーサインを出し頑張っています。若い時からのビック体重も六十kg台となり折り畳みしないと出来ない正座も楽に出来、どんな場所に遭遇しても恥をかく事なく自慢出来る様になりました。そして私の歪んだ心、小さかった心の器の変化が心地好く変わっていくのが自分でも気付くこの頃です。大勢の人が通い合うカーブスでの仲間の輪から少しづつ分けて貰った力だと思います。
昨年は体調不良で、一ヶ月半休会した時の事「伸子さん頑張れ、皆が待ってるよ」と大勢から励ましメッセージ、応援メール、嬉しい事に快気祝いまで開いてくれたのです。そして何時はしおれてしまう花束で娘が「人の気持はいつまでも大切にするように」と押し花で残してくれたのです。ゆっくり流れる時間の中、声を掛け合い大勢の人達とのコミュニケーションを図り、我家の囲炉裏でのくつろぎと談話を求め合うグループの輪は増え、人との関わりから生まれる支え合う仲間達の笑いの時間の大切さを味わっています。また、冬場を除く山梨の別荘へも電車でミニ旅行を兼ね遊びに集まり、カマドで御飯炊き、カレーを作り芝生で立食を楽しむ。たわいない時間はあっと言う間に過ぎて行くが、空気も良しの気分転換、八ヶ岳、南アルプスと景観を楽しむその一時でも、心が安らぎと繋がり「来週はカーブスで会えるね~」とハグや、ハイタッチをする。静かに自分を見直し、見詰めて歩ける様になりました。今となり若き頃教えられた親からの言葉の重さを"ひしひし"と受け止め感謝で心が痛みます。カーブスの手助けを借り、今の自分がここに居ます。お仲間と自分を裏切らない様、背筋をピーンと伸ばし胸を張り、笑顔で明るく生きて行く為に、仕事としてカーブスに通い元気良くハイタッチ「おはよう」と挨拶し、元気パワーのコーチの元、これからも筋トレに頑張って行きたいと思っています。
佳作
「カーブスを通して変わった私の毎日」
カーブスって
どんな運動?