「こんにちは。」
と、ドキドキしながら一人でカーブスの扉をたたいてから、六年半が経ちました。
二十代の頃、産後の肥立ちが悪く、二ヶ月余り入院生活を送った事があります。我が子も抱けない日々に加え、食事もままならず鬱を発症し、子供二人の親権は夫側になり離縁となってしまいました。
私は、三歳から交通遺児という環境で育ちました。なので、母には感謝してもしきれません。これ以上心配はかけたくないと、離縁後すぐに、通院しながらもパン屋で働きました。しかし、長時間の労働と接客での対応に精神を磨り減らし、今度は胃に穴が開いてしまい、ドクターストップがかかり、七年前に退職しました。「前と同じように寝込みたくはない。子供と再会する時が訪れたら元気な姿で会いたい。」と治療に専念し、胃の状態が良くなったので入会を決意しました。皆とのコミュニケーションを大事にしたくて、四年間は無我夢中で通いました。高校の先輩と三十年ぶりに再会できたり、メンバーさん数人と話し相手ができて充実していて、筋肉量もキープのまま体重が約三キロ減りました。
ところが、二年前の冬の朝、急に関節や腰が痛み、ホットフラシュや目眩に襲われました。主治医に
「子宮筋腫が見つかったのと、更年期障害が重く出ただけだから、薬を飲み、気楽にリラックスして生活をして下さい。」
と言われました。幸い、重病ではなく安心はしましたが、副作用に耐えながらの毎日です。
生活の一部となっていた三十分のワークアウトもやっと一周だけ・・・それに毎日は通えなくなっていました。上半身だけ・・・とか、ストレッチだけ・・・とか、自分自身の心と体との葛藤に苦しみました。
「カーブスを退会しよう・・・」と何度思ったことか・・・それでも、週に最低は一回から二回は足を運んでいました。思い悩み、コーチに相談した所、コーチは、「栄美子さん、体調がすぐれないのにカーブスに来店して下さり有難うございます。十五分でも運動できた自分を褒めてあげて下さいね。」
とあたたかいアドバイスをして下さいました。この言葉に私は感動し、やる気が増し、細々ながらも通うことができました。
おかげ様で、現在は週に三回はちゃんとワークアウトが出来る様になりました。入会時よりは減りましたが、気持ちは前よりも穏やかになり、ストレス解消も早めに落ち着けるように感じ、毎日が楽しいです。
ここ最近で嬉しかった成果がもうひとつあります。それは、<七十五歳になった母の血圧値とコレステロール値が正常になった事>
です。母はカーブスの会員ではありません。母が良くなり始めたのは、私が更年期障害と闘いながら根気強くカーブスに通っていた二年程前からだと思います。
まさか、カーブスで教わった"腹圧やたんぱく質摂取の大切さ、また自宅で出来る部屋トレ"を母に毎回話し、それを二人三脚で実行していたら、母の健康状態まで回復に向かうとは思ってもみませんでした。二重の喜びです。思い出すのも嫌になるくらい多くの苦労を重ねてきた母、そんな母には少しでも長生きをしてもらいたいです。だから、私は筋トレの大切さを伝え続け、いつか一緒にカーブスに通えたら良いなぁ・・・と願って、今日も親子仲良くトレーニングをします。この次の目標は十年継続です。細く長くマイペースで頑張りたいと思います。
佳作
「私と母の人生の登り坂と降り坂とまさか」
カーブスって
どんな運動?
2015年の他の作品を読む