「わーい、やったー。出来るんだー」
職場の近くにカーブスがオープンすることを知った時は、素直にとても嬉しかった。
カーブスの事は以前にテレビで紹介されていたのを偶然に目にして「何だかおもしろそう」と思った記憶があり、程なくして実家の近くで、あの時にテレビで見たのと同じ光景(ワークアウト)の大きな写真の看板があることに気づいた時からすごく気になっていたからだ。
南房総に移り住んで早や十八年、仕事が不規則な勤務形態の為に習い事もままならず、家と職場を往復するばかりの日常...。不満な訳ではなかったが、かわり映えのしない日々に少々疲れて退屈気味だったこともあった。
そんな折に、今度は職場人事で不本意な部署への異動を余儀なくされ、どうしようもない苛立ちと不快感を味わうこととなった。どうにも気持ちを立て直せず、このままでは精神的にも追いつめられそうで悶々とする日々が続いている矢先でもあった。
だから、"待ってました"とばかりに「カーブスが出来るんだって。行ってみようかな」と言うと、毎日イライラして不機嫌きわまりない私に、まるではれものにさわるように接していたことであろう夫は、ここぞとばかりに詳細なチラシをもらってきてカーブス入会を後押ししてくれた。
こうして私のカーブス生活は始まったのである。しかしきっかけは、確かにわらをもつかみたい程の精神的境地ではあったが、それ以上に私の体の衰えによる変調を、ひしひしと感じていることにもあった。
今までの人生において骨折などの怪我はあったが、これといった大病もせずに現在もまずまずの健康体ではある。しかし最近では運動不足による肥満に加え、何でもないところで、よく蹴つまずくようになり、気になっていた。
もともと体が固く、年々体重増加に比例して肩こりがひどくなり、ピーク時は背中全体がこわばり、我慢出来ずに整体に通うのがいつものパターンである。
これも年をとったのだから仕方があるまいと諦めて、自分の身体に多くの金額を投資してきたが、このままでは将来寝たきりになってしまうのではないかと不安でたまらない。それなのに、整体師の方に「ストレッチをするだけでも違いますよ」と言われても、それさえも面倒な程、億劫がる無精者なのである。
こんな私でも若い頃には運動は苦手であるという自覚はあるものの、決して嫌いな訳ではなかったので、誘われるままに人並みにスキーもやってはみた。初回は何とかリフトに乗れたものの、下まで滑って降りることが出来ずに、最終的にはスキーをかついで下山するはめとなり、付き添ってくれた係員に、友人がこんこんと説教される姿に申し訳なく身の縮む思いがした。
その後も懲りずに何度か挑戦したものの、本来の運動音痴のせいかまるで上達することもなく終わった。
また、数年前には一緒にサイクリングを楽しむつもりで夫が(電動付きではあるが)自転車を買ってくれた。子供の頃には毎日乗り回し、中学生になると自転車通学をしていたので、「これならば楽勝」とばかりに飛びついたが、加齢の波には勝てなかった。
久しぶりの感触は、自分でも驚く程に思考と運動が咬み合わず、止まろうとするのにうまく止められずにひっくり返る。曲がりたいのにうまく回れない。ハンドルさばきもぎこちなく、足がもたついて思った以上にしんどい。あまりの現実に愕然としたのは言うまでもない。
このように運動に関するエピソードが増える度に「運動の苦手な人は、どうせ何をやっても出来ない」と、自分自身に言い訳をし、運動には縁がないものと当たり前のように背を向け、尻込みをしてきた。
だから、運動が必要なことがわかっていても"出来る"と思えるものが見つからずにいた。でもそんな時でも何故かカーブスだけは"やってみたい"と強く惹かれるものがあった。
実際にワークアウトを始めると、わずか三十秒のローテーションなので、運動をするとよく感じる"つらい"、"疲れる"と思う間もなく、むしろ、「え、もう終わり?もっとやりたい」と思える位にあっという間である。とにかく飽きることなく楽しい三十分に、私はすっかり虜になってしまった。
体を動かすことがこんなに楽しいと、この年齢になっても思えたことに感激すら覚えた。そしてこれなら、"ずっと続けられる"と運動の習慣化に初めて確信が持てた瞬間でもあった。
通い続けて九ヵ月が経ち、気持ちにも余裕が出てきたのだろう。近頃では回りのお仲間達の動きにも目が向くようになった。失礼ながら私よりも少し年上の方が多いように思うが、皆さんがとても生き生きと体を動かしている。その様子に「凄い。あの人、パラパラダンスを踊っているみたい」、「へえー、あんな動きも体に効きそう」などと、見ているだけで「私も頑張らなくちゃ」と元気が湧いてくる。
以前に友人が、「人間ウォッチングが趣味なの。色々な人を見ていると楽しいよ」と言っていた言葉を思い出し、なるほどと思いながら私なりにウォッチングを楽しむようになってからは、会話をしたこともない方々とも知り合いになれたような不思議な連帯感を感じて、ますます心地よい空間になった。
そしていつも明るい笑顔で迎えて下さり、熱心に指導して下さるスタッフの方々の姿がより意欲を高めてくれる。今では私にとって最高に楽しいパラダイスであり、何事にも代えがたい生活の一部となっている。
こうなるとげんきんなもので、運動しようとする気持ちが出てきて、動くことが苦にならなくなった。
あれほど無精だったはずが、外出先でわざわざ階段を上ってみたり、部屋の隅に追いやられていたバランスボールなどの健康器具をひっぱり出してやってみたり、ストレッチなども積極的にやるようになったのだから、おかしくて仕方がない。
また、食事の買い物の際は食べたいものを次々とカゴに放りこんでいたのを、「今日はやめておこう」と思えるようになった。
カーブスを始めて、こんな風に気持ちにも変化があらわれたのも嬉しい誤算だった。
気づけば入会以来、体調不良による整体には一度も行っていない。ちょっとした肩こりならば、カーブスに行ってマシーンを動かせば楽になることを身体が覚えてくれたようである。そして自分なりに精一杯に気を張って仕事に穴をあけることなく取り組めるのも、カーブス=私の拠り所となって、気持ちのうえで癒しとなり、息抜きをさせてくれていることに他ならない。
まだまだ数字上では成果があらわれてはいないが、とりあえず、五年後、十年後の私は見た目でも体力でも同級生には負けないと自負している。だからと言ってスポーツの出来るおばあさんにはなれないが、体力と筋肉はちゃんとある健康なおばあさんとして長生きするのも悪くないと本気で思っている。
そんな日が訪れるのを密かに思い浮かべながら、今日もいそいそとカーブスに向かう私がいる。